沖縄でまたもや米軍機が墜落した。5日、米軍嘉手納基地所属のHH60ヘリがキャンプ・ハンセン内の宜野座村側山中で炎上した。日本にある米軍基地の74%が狭い沖縄に集中している現実から、起こるべくして起きた事故といえる。住民に犠牲者がなかったのは不幸中の幸いだ。
米軍機の墜落ですぐ思い出すのは、沖縄国際大学に米海兵隊のヘリが墜落した事件だ。日米地位協定を盾に米軍が事故現場を支配し、日本の警察や沖縄県、大学関係者をも締め出した。事故原因の究明の妨げになったのはいうまでもない。2004年8月13日のことだった。1959年6月、宮森小学校に米軍ジェット機が墜落し、生徒ら17人が犠牲となった大惨事もある。
本土復帰後だけで、沖縄ではすでに米軍機墜落事故は45件を数える。米軍基地が、米軍機がわがもの顔に沖縄を飛び回れば、事故は避けがたい。日ごろ、自民党安保関係議員らは口を開けば「国民の生命や財産を守るのは国家の責務」という。だが、「国民の生命や財産」を危険にさらしているのは安倍・自民党政権ではないか。
安倍政権は「原因究明」、「再発防止」を米国にお願いするばかりだが、基地はなくすしかない。
米軍普天間基地のゲート前では連日、MV22オスプレイの追加配備に反対する県民の抗議集会が続いている。私が沖縄取材で知り合った高齢の方たちも、ハンガーストライキに訴え、あるいは早朝から抗議活動に日参したりしている。どうか、健康にはくれぐれも留意していただきたいと願うばかりだ。
昨年12月、森本敏防衛相(当時)は米軍普天間飛行場の移設先について「軍事的には沖縄でなくていい」と発言した。米軍機・米軍基地が沖縄でなければならない軍事的理由は存在しない。そもそも米軍の存在は、日本を守るためのものではない。米国の利益のために、世界のあちこちで軍事力で関与できるように日本に基地を置いていることは、いまでは半ば常識に属することでもある。
オスプレイの配備に反対し、普天間基地撤去を求める沖縄の人々の、強く激しい抗議の意志を、日米両政府はきちんと受け止めるべきだ。