【連帯・社会像】

星英雄:連帯・共同を拡げる年に

謹賀新年

 今年は重要な選挙がある年だ。猪瀬辞職で突然チャンスがめぐってきた東京都知事選挙が2月に、沖縄県知事選挙が11月に予定されている。事実上選挙戦がはじまっている沖縄の名護市長選挙は1月19日に投開票される。名護市長選挙は、新たな米軍基地をつくらせるかどうか、日本のあり方に直接かかわる選挙としてきわめて重要だ。自分も、読者のみなさんとともに「連帯・共同」の精神でかかわりたいと思う。

 昨年末、安倍首相が引き起こした2つの出来事は、戦後日本の成り立ちと、いまについて改めて考えさせてくれた。辺野古の新基地建設に動き出したことと靖国神社参拝問題だ。

 安倍首相の靖国参拝にたいして国際社会は、「第2次世界大戦後の国際秩序への挑戦」(中国・秦剛外務省報道局長)と批判を強める。問題は日本国内の反応だ。参拝を肯定するものもいる。否定する側でも「戦後、参拝を続けていた昭和天皇は、A級戦犯が合祀されて以降は参拝していない」(朝日12月27日)など、A級戦犯合祀を問題視する。だが、問題の根源はそこにはない。

 第二次大戦後の国際秩序の出発点ともいえるポツダム宣言は、日本に「無条件降伏」と侵略した領土の放棄、戦争犯罪人の処罰などを求め、それを受入れて戦後日本ははじまった。しかし他方、昭和天皇は、「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び・・・」の玉音放送で知られる「終戦の詔書」で国民に訴えた。アメリカ、イギリスとの戦争は「自存自衛」のためとし、中国・アジアへの侵略戦争や植民地支配には1言もふれず、戦争責任を否定した。ポツダム宣言を受諾し、侵略戦争を否定する二重構造の戦後といえる。つまり、侵略戦争を肯定する靖国神社はよりはっきりと主張する存在であり、「原典」は天皇と「終戦の詔書」なのだ。

 昭和天皇がアメリカに沖縄を「捨石」として差し出したことは今日ではよく知られている事実だ。それが沖縄・米軍基地問題としていまにつながっている。安倍首相も、アメリカに沖縄を差し出すことで、日米同盟を維持しようとしている。侵略戦争の反省をしないことといい、昭和天皇の前例ににならっているような安倍首相の対応だ。

 日本国民は米軍基地や戦争責任をどう受け止めているのだろうか。戦争責任と戦後日本の歩みについて国民的な議論と総括が、今日必要になっていると思う。そうでなければ、アメリカにも中国にもきちんと向き合える日本を展望することはできない。

 戦後69年目の今年、憲法、原発、沖縄、TPP、雇用、貧困・格差など国民が直面する一連の諸問題がある。どれ1つとっても1党派で担えるほど軽いものはない。特定秘密保護法成立の過程をみても、1党派で対抗できないことは明らかだ。安倍政権にあらがい、新しい社会を求める人々の連帯・共同を拡げることが必要になっている。

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