「住宅問題」――――このことは国政でも地方政治でも論議になることは少ない。なぜなら住宅の確保やその維持管理といった「住宅問題」はもっぱら個人の自助努力に依拠してきたため、政治や行政の課題になることが少なかったともいえる。
日本の住宅政策は一貫して「民間自力建設」で進められ、その施策は持家主義に偏重し、公的な関与はごく限られた対策でしかなかった。日本経済の長期の停滞とも関連するが、ここにきて「住宅問題」の様相が大きく変容している。それは、大泉英次著『不安定と格差の住宅市場論―住宅市場のガバナンスのために』(白桃書房、3200円+税)のタイトルが示すように、住宅問題をめぐる「不安定と格差」の拡大とも言い換えることができる。
たとえばネットカフェを根城に仕事を求めて転々とする若者、家賃滞納を理由に暴力的に住居退去を迫る「追い出し屋」の横行などに続いて、最近では「脱法ハウス」と称される違法・脱法の建物に非正規労働者などの住宅困窮者を住まわせ、利益を上げる貧困ビジネスが東京などで急速に広がっている。居住貧困の顕在化である。
住宅ローンを抱えている世帯では、可処分所得に占める住宅ローン返済額が上昇し、1989年のそれが10.9%であったものが、2009年には17.1%になり生活を圧迫している。一方、賃貸住宅に住む世帯も家賃の可処分所得に占める比率は同じく9.6%から15.1%にはねあがっている。(「全国消費実態調査報告」)
『不安定と格差の住宅市場論―住宅市場のガバナンスのために』はこうした「住宅問題の転換」、変容に問題意識を持ち、その打開策を「住宅市場のガバナンス」に求める。ガバナンスとは、「政府(ガバメント)が市場経済に直接介入し、みずから様々な公的サービスを提供するという社会統治の方式に代わって、政府セクターと市場セクター、市民セクターを構成する諸集団、諸組織がそれぞれの役割を分担し協力して社会を統治するという方式」と定義付け、「(こんにち)市場経済は不安定と格差をますます露わにしており、そのことが市場のガバナンスを社会にとって切実な課題」にしているとする。現在の住宅産業は金融を通じて巨大な市場を形成しており、それだけにその市場のガバナンスを形成することが住宅問題の解決の糸口になるというのだ。
国際的な過剰資金が住宅貸付に還流している。こうしたグローバル資金の循環が住宅ローン担保証券を生みだし、アメリカではサブプライム住宅ローンの焦げ付きという形で表面化した。サブプライム住宅ローンとは信用力の低い借り手に対する住宅融資でこのハイリスクローンが借り手のローン返済延滞と住宅差し押さえという形で顕在化した。こうした住宅を失うといった悲劇を防ぐためにも住宅市場のガバナンスが切実な課題になっているというのが著者の思いつめた結果と感じた。
金融市場のグローバル化は日本版サブプライムローンが起きる可能性も秘めている。こうした不安定さの中での住宅政策の転換こそが求められているともいえる。
東日本大震災からやがて3年を迎える。いまなお27万人を超える被災者が仮住まいの避難生活を強いられている。確かに大震災は12万6千余戸の建築物の全壊という被害をもたらしたが、その復興の最大の課題である住宅復興は遅々としてすすんでいない。その根底に不安定な金融市場に支配されている住宅政策があるのではないか。あとがきに著者が吐露しているが18年の苦闘のなかで本書が生み出された。その呻吟が聞こえてきそうだ。