安倍晋三首相とオバマ米大統領による日米首脳会談は、「(日米安全保障条約は)尖閣諸島を含め日本の施政下にあるすべての領域に及ぶ」とする共同声明を25日に発表して終わった。私が注目したのは、尖閣問題と歴史認識問題、日米のそれぞれの政権が相手に抱いている不信の行方である。
首相は会談終了後の共同記者会見で「日米同盟は力強く復活した」とアピールした。対照的だったのは菅義偉官房長官。オバマ大統領は尖閣問題でどこまで踏み込むのか。菅氏の発言は「日米安全保障条約第5条の適用範囲だと大統領が言明した。それ以上でも以下でもない」だった。
安倍政権とオバマ政権の関係をみるうえで、欠かせないのは首相の盟友といわれる衛藤晟一首相補佐官の発言だ。今年2月、動画サイト「ユーチューブ」でこういった。「アメリカが『失望』といったことに、むしろ我々のほうが『失望』だ。アメリカが同盟関係の日本をなんでこんなに大事にしないのか。アメリカが、ちゃんと中国にモノをいえないようになりつつある」
安倍首相が昨年12月、靖国神社を参拝したことにオバマ政権は表立って異例の厳しさで批判した。「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している」。
これに対する反批判が衛藤発言だった。米政権の靖国神社参拝批判にたいする反論だけでないことに注目すべきだ。「中国になびいているオバマ政権が、尖閣諸島でいざというときに日本を守るのか」。衛藤補佐官1人ではなく、安倍政権内に鬱積するオバマ政権への不信がこめられていたといわれる。
首脳会談ではどうだったか。記者会見でオバマ大統領は、尖閣諸島は「日米安全保障条約の第5条の適用対象」と発言し、安倍首相は歓迎した。しかし、オバマ政権はこれまでも、国務長官や国防長官が尖閣諸島に日米安保条約が適用される、とたびたび言明してきた。そもそも日米安保条約は第5条で、日本の施政下の領域での武力攻撃にたいしてアメリカは日本を守る義務があると定めている。にもかかわらず、そのつどアメリカ側に「保障」を求めるのはなぜなのか。そこに、問題の核心がある。
他方、オバマ大統領は尖閣諸島の領有権について「特定の立場はとらない」と語った。同時に「米国は中国とも非常に緊密な関係を保っている」と中国重視の考えも強調した。どちらかといえば、中国に傾いているようにとれる。安保条約を適用するとはいっても、「レッドライン(超えてはならない一線)は引かれていない」。そして、「事態がエスカレートし続けるのは正しくない」と、安倍政権の対応をけん制してみせた。
アメリカが尖閣諸島の領有権をあいまいいするようになったのは、ニクソン政権が「米中和解」で中国に接近していく時期からだ。いまアメリカが経済的利益を求めて中国重視を打ち出し、中国に接近していく過程はそれに重なる。日米同盟堅持派が「アメリカは日本を守るのか」と不安になる歴史的背景だ。
安倍政権がどんなに強がってみせても、アメリカの世界戦略にとって大規模な市場の中国の重要性は否定しようがない。尖閣問題で安倍政権はアメリカを巻き込もうとし、オバマ政権はそれを強く警戒していることでもある。そんな情勢下で、オバマ大統領は尖閣諸島への日米安保条約の適用をいったのだ。ただし、「それ以上でも以下でもない」。
アメリカは条約上の義務には縛られず、アメリカの国益にしたがって行動するとみるのは国際政治のリアリズムだ。それは日米同盟堅持派のなかでも、半ば常識に属する。だからこその不安にほかならない。しかしそのことは、沖縄をはじめとする広大な基地を日本が提供するという日米安保条約上のもう1つの義務について、問題を提起せずにはおかない。
今回の日米首脳会談で見逃せないのは、実現までの過程だ。通常、1ヶ月前には国賓招待を閣議決定するのに、今回は20日前、それでも日程も行事内容も定まらないままだったことはさておく。問題は、安倍政権の存在理由である、「戦後レジームからの脱却」を自ら取り下げる形で首脳会談にこぎつけざるをえなかったことだ。
安倍首相は3月7日、密かに官邸でケネディ駐日大使に会い、従軍慰安婦問題に関する河野談話について「安倍政権で見直すことはない」と、オバマ大統領への伝言を託した。その後、3月14日の参院予算委員会。安倍首相は「安倍内閣でそれを見直すことは考えていない」とオバマ大統領に向けて、重ねてメッセージを発信した。直接には、朴槿恵韓国大統領、オバマ大統領との日米韓首脳会談実現のためではあるが、日米首脳会談実現のためであったことも間違いない。
安倍首相はアジア・太平洋戦争を侵略戦争とは認めていない。第2次安倍政権発足後、「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない」と発言し、村山談話、河野談話の見直しにも言及してきた。河野談話は、従軍慰安婦について旧日本軍の関与を認め、元慰安婦に「心からお詫びと反省の気持ち」を表明している。1995年8月15日に閣議決定した村山談話は、「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」とする。
侵略戦争のシンボル的存在の靖国神社に参拝し、河野談話、村山談話を見直すとなれば、戦後日本の歩みを否定するだけでなく、まさにアメリカ主導の戦後の国際秩序への挑戦にもなる。それが「戦後レジームからの脱却」だ。
だがそれでは、中国とも韓国とも緊張を高め、首脳会談もおこなえない現実がある。中国をアメリカ主導のアジア・世界秩序に組み込んでいくために、アメリカの国力低下を同盟国日本に補完させるというアメリカのアジア戦略にもそぐわない。安倍首相の歴史認識がアメリカのアジア戦略の障害になっているというのがオバマ大統領の認識だ。
四面楚歌。安倍政権のアジア外交は立ち行かず、米政権からのあからさまな批判は政権の存続問題にもなりかねない。衛藤補佐官の発言や側近たちが「見直す」などと本心を吐露しても、安倍政権としては「政府の見解とは違う」として、切り抜けざるをえなくなった。結局は、自らの歴史認識を封じ込めることでしか政権運営ができないことを日本の内外に示すこととなった。「戦後レジームからの脱却」では政権が立ち行かないのも、国際政治のリアリズムだ。
日米共同声明は、米軍普天間基地の代替として名護市辺野古に早期に新基地を建設することも強調している。アメリカに後ろ盾になってもらうために、米軍を日本にとどめる。そのためにはよりいっそうの「犠牲とコスト」を負担するというのは戦後自民党政権に共通する。「戦後レジームからの脱却」を掲げ、中国の台頭に「力」で対抗しようとする安倍政権は、アメリカ頼みの構図から脱却することはできない。