安倍晋三首相は、憲法が禁じている集団的自衛権の行使をめざして動き始めた。国民の意思に従うのではなく、勝手に憲法解釈を変更する構えだ。「海外での戦争に参加できる道を開く安全保障政策の大転換だ」(朝日新聞)との批判は当然だ。同時に、「グレーゾーン事態」についての法整備も大きな問題をはらんでいる。いまなぜ、「グレーゾーン事態」なのか。
首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書を受けて安倍首相が強調したことの1つは、「グレーゾーン事態」だった。「漁民を装った武装集団がわが国の離島に上陸してくるかもしれない。こうした『グレーゾーン事態』への対処をいっそう強化する」と、15日の記者会見で語った。第1次安倍政権のとき、この問題は浮上しなかった。いま、尖閣諸島をめぐる中国への対抗とみられている。
「グレーゾーン事態」とは、平時でもなく有事でもない、両者の中間の状態をいう。相手国が日本に武力攻撃を仕掛けてきていないので、日本は自衛権(武力行使)を発動するわけにはいかない。日本の領土・領海で、武力紛争に至らないような対立や紛争にどう対応するかという問題だ。
これまでは、日本に対する武力攻撃がないのだから、日本側もそれに応じて警察権で対応してきた。たとえば2012年8月、香港の活動家が尖閣諸島に上陸した事件。この問題では沖縄県警察が出入国管理及び難民認定法65条違反容疑などで14人を逮捕した。
日本が尖閣諸島を国有化して以降、中国公船は毎日のように接続水域に入ってきて、さらに領海侵入を繰り返すようになった。これに対しても、日本政府は外交ルートを通じて中国政府に抗議し、即時退去と再発防止を求めてきた。警察や海上保安庁だけで対応できない場合は、自衛隊が警察権の行使として海上警備行動や治安出動として動くこともできる。
ところが、安倍政権は、「これまでの対応では生ぬるい」とばかりに、軍事的対応に走ろうとしている。相手国が武力攻撃をしかけていない段階でも、日本が武力を行使できるようにする考えだ。自民党の石破幹事長は18日のNHK番組で、こう発言した。「領土を侵そうとする外国勢力に対して、本当に警察権で対抗できますか。武力攻撃じゃない対応で国家主権を侵そうとしてきたときに、自衛権の発動ができますか」と。日本の領土に入り込んだだけで、自衛権の発動(武力行使)だというのだから、恐ろしい発想だ。
この考えは、安保法制懇のなかにもあった。「武力攻撃に至らない侵害に対し、場合によっては自衛権の行使を含む実効性ある対応ができるようにする必要がある」。さらに、こんな議論もあった。「 自衛権の行使を可能とするためには、いわゆる低水準紛争状態において、武力攻撃に至らない侵害でもそれが繰り返し行われて集積されれば武力攻撃とされると整理するしかないのではないか」。日本の領海に繰り返し侵入すればそれだけで相手を武力で攻撃できるようにしようというのだから大変なことである。
こうした安倍首相らの考えに従えば、すでに中国と戦争状態に突入していても不思議ではない。
日本は自衛権発動(武力行使)には厳しい条件を定めている。自衛権発動の3要件という。①我が国に対する急迫不正の侵害があること②これを排除するために他の適当な手段がないこと③必要最小限度の実力行使にとどまること。「急迫不正の侵害」とは、日本に対して組織的、計画的な武力攻撃が発生したことをいう。仮に漁民が10人、尖閣諸島に上陸しても、それを武力攻撃とみなすことができないのは当然だ。
こうした、武力行使のハードルを低くする、あるいはなくそうというのが、「グレーゾーン事態」の法整備だ。
実は、安倍首相の「グレーゾーン事態」の構想は、日本政府の思惑だけでは実現しない。「アメリカを巻き込む」(自民党関係者)ことがねらいだ。
4月の日米首脳会談でオバマ大統領は、尖閣諸島が日米安全保障条約第5条の適用対象だと語った。安倍政権の求めにこたえた格好だが、日米安保条約の第5条はつぎのように規定している。
「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」
安保条約第5条を発動するためには、「武力攻撃」がなければならない。それ以前の段階、「グレーゾーン事態」では、米軍は対応する義務はないことになる。漁民が尖閣諸島に上陸した程度、現状の紛争レベルでは、日米安保5条は発動されないのだ。
「安全保障に関する法的基盤をシームレスなものとする」という安倍首相の発言も、こうしてみるとわかりやすい。つまり、切れ目なくエスカレートして武力行使の段階に移行する。安倍首相がそのための法整備を意図していると見て間違いないだろう。
中国に武力で対抗しようとすれば、いやでもアメリカにすがらざるをえなくなる。集団的自衛権の行使も、名護に新基地建設を強行しようとするのも、見やすい構図だ。しかしそうではなく、お互いにエスカレートしやすい危険性をどのように管理するか。日本がなすべきはそのための外交努力ではないのか。