【連帯・社会像】

大泉英次:『21世紀の資本論』とアベノミクス

 フランス人経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本論』(英語版は2014年刊)がいまアメリカやイギリスの経済論壇・ジャーナリズムを席巻しているという。わが国の週刊東洋経済や週刊エコノミストもこのピケティ著書をめぐる特集を組んだ。

 ピケティによれば、アメリカの国民所得における最上位10%所得層のシェアは、1920年代~30年代にほぼ45%だったが1950年代~60年代には35%に低下した。だが、このシェアは1980年代から再び増加しはじめ、2000年代には45%超~50%に達している。こうした長期的傾向は、程度の差はあれ、イギリス、日本、ドイツ、フランスなどにも共通に観察できるという。つまり、少数の富裕層への富の集中が今日の先進諸国で急激に進んでいることが、超長期にわたる統計データをもって確認されるのである。

 この富の集中をめぐる超長期のトレンドは、国民所得に対する民間総資産(不動産、金融資産、実物資本)の比率のトレンドと一致している。イギリス、フランス、ドイツにおける総資産/国民所得の比率は、1910年に6~7倍、1950年に2~3倍、そして2010年に4~6倍と推移している。同様の傾向はアメリカや日本にも確認される。

 ピケティによれば、富裕層への所得集中率と総資産/国民所得比率の超長期トレンドは「Uカーブ」(経済成長につれて所得格差は拡大する)を描く。そのなかで1950~60年代の高度成長時代は、国民所得の急増そして所得格差の縮小という「特異」な時期と見なされることになる。これは、かつてアメリカの経済学者クズネッツが提唱した「逆Uカーブ仮説」(経済成長につれて所得格差は縮小する)に対する反証である。

 こうした資本蓄積と所得集中の歴史的傾向を、ピケティは「資本収益率(r)はつねに経済成長率(g)を上回る」という「r>g仮説」で説明する。ここで資本収益とは、利潤のほかに、配当、利子、地代などを含み、したがって資本蓄積は、現実資本(実物資本)だけでなく多様な形態の貨幣資本の蓄積でもある。そうした包括的な資本蓄積の速度が経済成長の速度をつねに上回るということなのである。

 この仮説の含意は、GDPあるいは国民所得の資本(企業、投資家)への分配率が上昇しつづけ、資本のもとに蓄積されつづける富(企業実物資産、金融資産、不動産)のヨリ大きな部分が少数の大企業、投資家、富裕層に集中される、ということである。ピケティの推計によれば、先進諸国における資本収益率は20世紀を通じて4~5%で推移した。他方、経済成長率は1950~60年代の高度成長期を除いて1~2%にとどまる。そして「r>g仮説」は、グローバル金融資本主義が肥大の極に達した1990年代以降の今日において一層その妥当性が確認される。

 マルクスの『資本論』は資本主義的蓄積の一般的法則を「資本の蓄積とそれに対応する貧困の蓄積」と規定した。ピケティは、富(資産)の蓄積と集中がもたらす所得格差の拡大は資本主義の根本的な経済法則であり、21世紀においてはこれがさらにグローバルに貫徹すると説いている。『21世紀の資本論』というタイトルはそうしたピケティの見地の端的な表明であろう。

 「r>g仮説」が21世紀にも妥当しつづける理由は、一方でグローバルな貨幣資本蓄積の野放図な肥大化、他方で先進諸国の経済低迷であるとされる。先進諸国で低成長が続く理由として、ピケティは人口減少と生産性停滞をあげるが、これはむしろ所得格差の拡大そのものが根本原因と見るべきであろう。そう解すれば「r>g仮説」が示唆するのは資本主義の自己矛盾であり歴史的限界である。

 とはいえピケティの研究はマルクス資本蓄積論を現代に継承、発展させることを意図しているわけではない。彼の貢献は、所得格差の拡大を説明するマクロ経済的仮説を立て、それを大量の統計データで実証したことにある。つまりマルクスが洞察した「富の蓄積と貧困の蓄積」を明々白々な事実として確認したことにある。

 またピケティの研究は、彼1人ではなく国際的な共同研究のネットワークによって進められている。その成果は富の蓄積と集中に関する統計データベースとしてネット上に公開されている。こうしたピケティらの共同研究は、2008年のリーマンショック、国際金融危機をきっかけとして世界中で広がった99%運動の高揚を背景とするものであろう。だからこそピケティの著書は論壇、ジャーナリズムに大きな反響を呼び起こしたのである。

 このように富の集中と格差・貧困の広がりが先進諸国で重大な関心を集めているにもかかわらず、わが国の安倍政権はこれに全く無頓着である。「世界で一番企業が活動しやすい国」づくりという驚くべき目標を掲げ、アベノミクスの「3本の矢」で国民生活のなかに格差・貧困を広げている。消費税率の再引上げ(政権はこれを必ずやるだろう)を含む今後1年半の経過のなかで、アベノミクスへの期待は消滅し、政権への世論の支持は大きく低下するだろう。だがこれだけで今日の政治状況が打開されるわけではない。

 「富の蓄積と貧困の蓄積」を克服する途は、問題意識を共有する様々な人々の理論的洞察と現状分析、政策提起の発展によって準備される。そしてその途を実際に歩みだすためには、反安倍政権の国民的共同と連帯の運動構築が必要である。

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