【福島・沖縄からの通信】

金井創:イエスは辺野古の現場にいる

 私は沖縄・佐敷教会の牧師です。2007年から辺野古にかかわるようになり、週に3日ほど、新基地建設反対の抗議船の船長を務めています。

 辺野古の沖で、去年の夏から新基地建設反対の闘いをはじめました。そのとき、海上保安庁の巨大な巡視船が並んだ海をみて、また沖縄戦がはじまると思ったお年寄りがいます。沖縄戦を経験したお年寄りです。かつてはアメリカが、いまは日本が沖縄を攻めに来たとみているのです。単なる1つの工事の話ではなく、日本という国が沖縄に牙をむいて襲いかかっていると。安倍政権はそんな沖縄の受け止めをわかっていません。

 普天間基地は世界1危険な基地だと言われていますが、辺野古なら安全なのか。県民は、危険な基地は無条件で返還せよ、どうして替わりの基地を辺野古につくらなきゃいけないのかと、怒っています。新しい基地は造らせないというのが、オール沖縄の民意なのです。

 基地が人の命や安全、人権を脅かすから、というだけではありません。辺野古の海はいまも新種の生き物が見つかるほど神秘で豊かな海です。ここを埋め立てることはどういうことなのか。辺野古の海に生きているいろんな生き物を生き埋めにすること。命を奪うことなのです。

 しかし、安倍政権は新基地建設を強行しています。安倍政権や米軍によって、辺野古は陸も海も暴力が横行しています。キャンプ・シュワブの米軍は先日、山城博治沖縄平和運動センター議長らを不当に拘束しました。県警機動隊の暴力で、座り込みをしている人たちもけが人続出です。

金井創さん

金井創さん

 海保もカヌーの抗議行動に暴力的規制を繰り返しています。肋骨を折った男性もいます。かつて、安全のために出動した海上保安庁は、新基地建設に反対する市民に暴力で襲い掛かる集団になりました。安倍政権の強い指示によると思います。オール沖縄の民意を無視して、安倍政権に反対しても無理だと、あきらめさせる狙いがあると思います。

 しかし沖縄は我慢の限界なのです。1970年には「コザ暴動」が発生しました。米軍統治下での圧制、人権侵害に対する沖縄人の不満が鬱積していたのです。いまの沖縄もマグマがたまっています。米日両政府の強硬な基地押し付けに、マグマが爆発するかどうかの境目だと思います。

 いまイエスがいるとしたら、必ず辺野古の現場にいるはずだと私は思います。キリスト教の教えは本来、平和です。アメリカは武力で平和をつくろうという国家ですが、私たちは武力によらない平和をつくっていこうと考えています。

 イエスはあの時代、捨てられた人々や、人間扱いされなかった人々、最底辺に生きる人々とともに立ち続けました。苦しみながら、虐げられている人たちと最後までいっしょに生きたのです。不当な圧迫を受けている辺野古・沖縄での活動はイエスの教えを受け継ぐ行動だと考えています。沖縄の活動を通してさまざまな場面でイエスを再発見しています。

 私はキリスト者としてどのように生きるべきか。フィリピンでの体験を思い出し、いつも自分を問い直しています。

 フィリピンはカトリック中心の国で、きらびやかな大聖堂がたくさんありました。また、道1本はさんで、スラム街もありました。ゴミの山に面してみすぼらしいカトリックの教会がありました。巨大なゴミの山の周辺には数万人の人々が暮らしています。

 それに直面したとき、イエス・キリストはまさにここにいると私は感じました。きらびやかな大聖堂ではなく、ゴミの山の最前線に。そこに暮らす何万人の人たちとともに。

 であるならば、自分はどこに立つべきなのか。大聖堂かゴミの山か。自分なりの答えが、辺野古に立つことだったのです。

 沖縄のキリスト者はこれまでもいろんな場面で、役立つ働きをしてきた人たちが何人もいます。長い間、その人たちだけが社会のなかで働いてきたと見られてきたかもしれませんが、いまではすそ野が広がって、多様な形で基地にたいする抗議や抵抗運動のなかに、キリスト者がいます。

 普天間基地では、ゴスペルを歌う会ができました。毎週月曜日、歌と祈りの場になっています。立ち上げたのは、普天間バプテスト教会の牧師です。毎週月曜日に共に歌って平和を訴え続けている。福岡や東京の首相官邸前でもゴスペルを歌う会が作られて、連帯しています。

 沖縄には他より比較的多くの教会やキリスト者のグループが存在しています。たとえば、基地関係者がメンバーの英語教会もあります。そういう教会の中から辺野古や普天間の抗議行動に参加する人が増えています。

 反基地をほとんど公にしてこなかったグループでいま確実に改革が進んでいて、それは グループの中の若手、40代から50代にかけての人たちによる意識的に改革しようという行動の成果です。

 米軍都市型ゲリラ訓練施設建設阻止闘争のあった恩納村やP3C基地建設阻止の本部町など、沖縄のなかで土地闘争で勝ったところに、勝利の要因を聞いたことがあります。どこでも、答えはいっしょでした。政党や組合の指導ではなく、住民運動として取り組んだこと。そして、楽しくやった、ということでした。

 辺野古も一時期、「覚悟のない奴はくるな」という雰囲気がありました。しかし今では、新基地建設阻止の厳しい行動をしながら、同時に、辺野古の海を案内する船をつくって、あの海をみてもらうこともやっています。辺野古は学びもOK、遊びもOK、ちょっと見るだけでもOKとなって、反対の輪が広がったと思います。

 キャンプ・シュワブのゲート前には、抗議行動とともに、歌も踊りもあります。新しい歌や替え歌がつくられ、歌われています。単なる抵抗でなく、いろんなものが創造されていく場でもあると思います。集まった人たちのいろんな知恵が出てくる面白さもあります。非暴力の限り、なんでもやる。住民運動の発展のための実験をしているようにも感じます。

 オール沖縄は、日本の民主主義の手本だと思っています。本当に大事なことのために力を合わせる、違いは認めつつさまざまな考え方、さまざまな立場の人たちが共同する。この点で、沖縄は日本の民主主義の先頭を走っているといえます。日本政府に否定されることで、この構図はいっそう際立っているのではないかと思います。

【牧師である金井さんは沖縄キリスト教学院平和研究所のコーディネーターも務めている。2012年9月には、オスプレイ配備反対の普天間基地封鎖に参加して他の人たちとともに警察に監禁された。平和のために行動する金井船長のおかげで、私も抗議船に乗船できた。感謝。星英雄】

金井創:イエスは辺野古の現場にいる” への1件のコメント

  1. 金井さん
     3月8日の「一坪」定期総会を終えて後、「6.23国際反戦沖縄集会」の事務局会議を開催します。又吉さんと日程を調整です。  事務局 比嘉

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