安倍政権の戦争法案を、自民、公明両党が衆院特別委で採決を強行し、可決した。7月5日、「憲法違反」の世論の高まりの中で。しかし、強行採決にもかかわらず、否、強行採決に走らざるを得なかったそのことが、法案と政権・与党の問題を鮮やかに浮かび上がらせた。
強行採決の前夜、東京・日比谷野外音楽堂の集会に参加した。「戦争法案廃案!強行採決反対!7・14大集会」だ。定刻15分前に到着したが会場はすでに満杯で、中に入れなかった。会場の外は人であふれている。場内は、戦争法案と安倍政権批判で盛り上がっている。「公明党は戦争党だ」に、「そうだ」の合唱が聞こえてきた。約2万人(主催者発表)が参加したという。
とても蒸し暑い夜の時間帯に、国会に向けたデモ行進がはじまった。隊列は数えきれないほどの幟がはためく。「戦争させない」、「9条壊すな!」など、色鮮やかなプラカードが目を引く。
「安倍政権はいますぐ退陣」「戦争法案、絶対反対」のシュプレヒコール。首相官邸前では「アメリカ言いなり、絶対反対」の大音響が聞こえてきた。
日比谷公園から国会までの道のりを歩きながら、3年前の7月16日、東京・代々木公園での「さようなら原発10万人集会」のことを思い出した。その日もまた、暑かった。そして、東京電力福島第1原発事故を経て、「日本の社会を変えないと」の熱気を感じたことを。
この間、戦争法案に反対する取り組みで、若者たちの行動が目立った。国会前の抗議行動で、学生グループ「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs=シールズ)」が活躍し、若者1人1人がそれぞれの思いをぶつけた。
そんな動きは各地にみられた。たとえば、「ぼくしゅけ~僕らが主権者って知らなくて委員会~」 。〈「戦争法案を必ずストップさせる」「僕らが主権者なんだ」そう、「社会は変わるし、変えられる」「社会をつくるのは僕ら若者」〉とうたう、長野の若者たちの集まりだ。
いつの時代も、若者のエネルギーこそ、社会変革の原動力だと思う。
デモが行事として消化されるような時代がしばらく続いた後に、デモが政治に大きな影響を与える手段として再浮上してきたことを改めて実感した。ここで「デモ」というのは、狭い意味の「デモ行進」だけを指すのではない。デモやツイッターなど人々の意志を表現する行動だ。「民意」が政治を動かし、政治をしばる、そんな時代になってきた。沖縄・辺野古の座り込みや大規模な県民集会など、民意が県政を動かしている沖縄は、その最先端の例である。
「独裁」といわれる安倍政権も、実のところ、民意を離れて政権運営は成り立たない。アベノミクスも、特定秘密保護法も、戦争法案も、支持率が高かったからこそ手を付けることができたといえる。今回の強行採決は、そのことの逆のあらわれだ。今月の朝日新聞の世論調査も毎日新聞の世論調査も、安倍政権の不支持率が支持率を上回った。
国民の目に見える行動が、世論を動かし、日本社会の空気を変えていった。民意が安倍政権の支持率の急落をもたらした。公明党幹部が「政権の支持率もやればやるほど落ちる」(朝日新聞)と愚痴ったのは、その辺の事情を物語っている。
6月4日の衆院憲法審査会で3人の憲法学者が法案は「憲法違反」と断じた。「集団的自衛権の行使が許されるというのは憲法違反だ」「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない」「いったいどこまでの武力の行使が新たに許容されることになったのか、はっきりしない」等々の批判が展開された。根本的な問題だ。
それにもかかわらず安倍政権は開き直りを続けるだけだった。だからこそ、マスコミ各社の世論調査には、法案は憲法違反だ、少なくともいまの国会で成立させるべきではない、という国民の意向が反映することになった。国民の怒りを目にして、石破茂地方創生相は「国民の理解が進んできたと言い切る自信がない」といい、安倍首相その人も、強行採決直前に、「まだ国民の理解が進んでいる状況ではない」と言い訳せざるを得なかった。
ただし、法案に反対する国民世論の高まりも、安倍政権とその与党に、強行採決を断念させるところまではいかなかった。しかし同時に、安倍政権の心胆を寒からしめたのは間違いない。支持率の下落に、マスコミも政界も、長期政権といわれた安倍政権の翳りを見てとっている。
安倍政権は憲法に従わない。主権者国民の意思にも従わない。戦後70年、国民が積み上げてきた民主主義を踏みにじって恥じない。武力を行使するという、いわば国の命運をかけた行為を、憲法にも国民にも従わない政権に委ねるわけにはいかない。
この強行採決が、安倍政権の終わりの始まりになるだろう。時代の風を読み違える、国民意識に合わない政権は長く存立できない。いまは、民意が政治を動かす時代に入ってきているのだ。