【福島・沖縄からの通信】

佐藤美代子:おカネで元の生活が買えるんですか 飯舘村を返してください

 福島県飯舘村は3・11の東京電力福島第1原発事故で全村避難をつづけている。この間5年。安倍政権の避難指示解除方針に従って飯舘村は来年3月、帰還困難区域を除く地域を対象に帰村を宣言する予定だ。避難を強いられている村民4人と、飯舘村の応援を続ける福島市民1人に、5年の思いをきいた。最初は、夫とともに専業農家を営んでいた佐藤美代子さん(63)です。〈文責・星英雄〉

◇    ◇

 飯舘村はいいところでしたよ。よそから見ると寒いけど、雪も少なくて。飯舘はどこもかしこも里山のような風景でした。

 自分の家の前は田んぼ。県道を挟んで大森山。すぐそばには「あいの沢」という森に囲まれた公園があるんです。池があり、遊歩道も整備され、癒される空間でした。どこをみてもきれいでした。

 うちの人(夫)と2人で葉タバコと水稲を栽培する専業農家でした。朝は5時過ぎから、夜はご飯を食べた後も農作業をすることもありました。ほたぎというシイタケの種菌をつける原木を売ったりもしていました。

 生活は野草園づくり、手作りの家具、ツル工芸、有機野菜、果物など自給自足的生活でした。そんないとおしい生活が、自然災害ならまだしも、原発の事故で奪われてしまったんです。DSC00332 あの日(2011年3月11日)は、いつもは外にいる時間なのに、のんびりと家にいて、地震に襲われました。私はテレビを、うちの人は食器棚をつかんではなさなかったことを覚えています。揺れは激しかったけど、飯舘村は地盤がしっかりしているといわれていた通り、地震の被害は少し瓦がずれた程度でした。

 でも、停電したので、夜は家の発電機で電気を起こしました。テレビは津波の被害を映していて、「すごいことになった」と、驚くばかりでした。原発のことはまだ、意識になかったんです。

 計画的避難になる前に、たいがいの人は一時、避難したと思います。原発が爆発するという情報で、とりあえず半日ほど避難しようと思い、行く当てもなく吹雪の中、村を出ました。そうしたことで、義母は山形の娘が借りた家へ、私は娘のいる仙台へ、夫は山形から食料を買い求め、仙台、飯舘、山形を行ったり来たりしていました。

 「あいの沢」の雑草が256万ベクレルの放射能に汚染されたとか、そんな話が伝わってきて、もう農作物はつくれないなと思いました。

 情報がなくてみんなパニック状態でした。IAEA(国際原子力機関)が避難すべきといったりして、専門家の意見が分かれていて、何が正しいかわからないのが恐怖でした。

 しばらくして村の集会があって、恐怖でみんな殺気立っていました。多くの村民は避難したい。村長は村民を村にとどめておきたい。人命最優先にしてほしかったので、不信感はいまもぬぐえません。

 はじめ猪苗代に避難して、いま福島(市)にきて、畑を少し借りて、野菜をつくっています。村民はもうばらばらにされてしまった。私らは子育てや農作業に忙しく、フル回転で働いてきました。やっと子どもたちがみんな巣立って、これからは収入は減っても少し生活を楽しめるようにしたいと計画していたところに原発事故だったんです。

 かつての自宅の前は復興拠点にされています。村はいろんな建物をつくって住民を帰村させようとやっていますが、放射能に汚染された村で「までいな生活」ができるんですか。「までい」って、ものをていねいに無駄なくつかうことで、汚染されたものを使うのは「までい」とはいわないと思います。村民あっての飯舘村だと思います。

 いま飯舘の山をみて、美しいとは思いません。放射能に汚染された山にはもう入れないと思う。あんなにきれいな村だったのに。私らも戻りたくても戻れません。

 結局、原発事故で村を潰され、私らは村を追われたんですね。新しい家を求めても、飯舘に家があっても、自分は難民だという意識があります。原発・放射能の怖さって、言葉ではうまくいえませんけど。

 国も東電も、これほどの大事故を引き起こして、謙虚さがないと思います。被害者に対して本当に申し訳ないという気持ちがあるんですか。原発をよその国に売ったり、再稼働したり。人間が制御できないものをつくってはいけないと思います。経済、経済といって取り返しのできないことをやってどうするんですか。

 賠償金をもらっていることで、陰であれこれ言われたりします。いまは無理やり帰村させられ、賠償金を打ち切られようとしています。

 私らが望んでいるものは、おカネじゃないですよ。おカネで元の生活が買えるんですか。あの美しい飯舘村を返してほしい、私らの元の暮らしを返してほしい。それができないなら、せめて原発はやめてほしいというのが心からの願いです。

佐藤美代子:おカネで元の生活が買えるんですか 飯舘村を返してください” への1件のコメント

  1. 政府・東電の「帰村政策」は賠償金打ち切りが直接の目的でしょうが、それ以上に「フクシマ」を無かったことにしようとの意図ではないでしょうか。住民が帰還し、形だけでも元通りの生活が送れているとの形が整えば、いつの間にか「フクシマ」は忘れ去られていくだろう。その為なら住民の安全を無視してもかまわない!と言うのが政府と東電の考えだろう。帰還した住民の健康と安全を長期的に保証できないのなら(保証出来るとは思えないが)姑息な「帰村政策」をやってはならないと思う。

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