【野党共闘について思うこと】

星英雄:「野党共闘」と人間の尊厳をかけた沖縄・辺野古新基地建設反対闘争

謹賀新年

 今年は「野党共闘」の深化が、1大テーマになるに違いない。解散・総選挙のタイミングをはかる安倍首相に対抗するには「野党共闘」だ、というわけだ。すでに野党間の駆け引きがマスコミで報じられている。しかし、選挙に勝つためには野党が力を合わせるべきだ、という単純なものではあるまい。画期的といわれる新しい市民運動の担い手である市民・主権者として、どんな日本社会にしたいのか、めざすべき社会像を掲げて進んでこそ、安倍・自公政権の「国づくり」に取って代わることができると思う。

 昨年は、「野党共闘」が参院選で一定の成果をあげた。「安保法制(戦争法)廃止、立憲主義の回復」を掲げ、32の1人区すべてに野党統一候補を擁立し、11人が当選した。しかし選挙結果は、改憲勢力が野党共闘勢力を上回る勝利だった。そのため、改憲勢力が戦後はじめて衆参両院で3分の2議席を占めることになった。知事選でも、新潟県では勝利したが、首都東京では惨敗した。これが現実である。

〈元日は雲1つなく晴れ渡っていた。散歩した多摩丘陵の一角に咲いていた梅の花〉

〈元日は雲1つなく晴れ渡っていた。散歩した多摩丘陵の一角に咲いていた梅の花〉

 野党共闘を深化させるための課題はいくつもあるが、喫緊の課題として、辺野古新基地建設問題がある。日本政府が沖縄県名護市に新しい米軍基地を建設し、アメリカに提供する問題だ。安倍政権はこの1月から本格的に工事を強行しようとしている。

 現地沖縄では昨年4月、元海兵隊員・米軍属による女性暴行殺人事件が発生した。被害者はまだ20歳の女性だった。12月には、米軍普天間基地所属のオスプレイが名護市の浅瀬、住宅地から至近距離に墜落した。1歩間違えば、まさに大惨事になるところだった。沖縄の人々は、つねに命と人権を脅かされている。米軍直接統治の時代はもとより、日本国に復帰した今もそうなのだ。「米軍基地あるがゆえに」というのが、沖縄の人々の率直な思いだ。

 安倍政権が強行しようとしている辺野古新基地建設は普天間代替施設と、安倍政権はごまかすが、普天間基地にはない弾薬庫のエリアや強襲揚陸艦が接岸できる岸壁などが整備される。欠陥機オスプレイも配備される。この新基地建設を、安倍政権は反対運動への弾圧で強行しようとしている。「高江や辺野古での警察の横暴は、復帰前の米軍施政下よりひどい」(琉球新報2016年11月30日付け)といわれる事態だ。

 命と人権を守るため、人間の尊厳の回復をめざして沖縄の人々は体を張って、凶暴な安倍政権に対抗している。本土の心ある人々もそうだ。この問題は、沖縄の民意を尊重するか、しないかだけの問題だけではない。人間の尊厳をかけた闘いなのだ。

 「安倍政権打倒」の「野党共闘」というなら、この問題を避けて通るわけにはいかないはずである。日本国憲法は第13条で「すべて国民は、個人として尊重される」とうたっている。沖縄で暮らそうが他の地域で暮らそうが、1人1人の国民はだれもが、かけがえのない1人の人間として大切にされなければならい。これが日本国憲法の精神である。

 今日の市民運動は「個人の尊厳を擁護する政治」の実現を掲げている。この運動の後押しを受けて野党の共闘がある。辺野古新基地建設に反対しない「野党共闘」にどれほどの意味があるのだろうか。民進党は沖縄の現実を直視し、「野党共闘」を担う責任を果たすべきである。

〈同、椿〉

〈同、椿〉

 辺野古新基地建設は、集団的自衛権行使の安保法制と一体である。安倍政権は2つとも、「日米同盟」強化のためとしている。辺野古新基地建設問題は、沖縄問題というより日本問題だ。新崎盛暉・沖縄大学名誉教授は「辺野古を止めることができれば、日本が変わる」(琉球新報2016年10月23日付)と強調している。

 「野党共闘」で、安倍・自公政権が進める国づくりに代わる日本社会をめざすなら、辺野古新基地建設に反対しない道理はない。そもそも、国民の命と人権を踏みにじらなければ成り立たない安全保障政策・日米同盟こそ、問われなければならない。

 「野党共闘」を、政党間の取引で済ませてはならないと思う。得てして政党は、都合の悪いことは隠しがちである。民進党も共産党も、「由らしむべし、知らしむべからず」という考えに陥ってはいないか。民進党のホームページのどこを探しても、参院選の総括文書は見当たらない。共産党も、都知事選は「大健闘」、の結論を押し付けるだけだ。主権者として「なぜだ」の疑問は少なくない。

 国民1人1人が主権者として行動するためには、政治、行政の情報が必要であることは論をまたない。国民の知る権利にこたえなければならないのは政権党だけではなく、野党も例外ではない。主権者が主権者としてふるまうためには、政党にとって都合が悪い情報でも必要なのだ。


 めざすべき社会像に、沖縄のあり方とともに脱原発、貧困・格差の解消が含まれるのは当然だ。どの選挙の結果をみても、有権者の判断は単純ではない。「安保法制の廃止」だけで、国民をひきつける段階は過ぎたと思う。

 いまだこの運動に加われない多くの個人、グループがいる。安倍・自公政治に取って代わろうとするなら、市民・主権者の運動として、当面めざす社会像を掲げる必要がある。社会像を旗印に、多くの市民が結集できるのではないだろうか。

 そのためには、誰もが参加できる常設の議論の場が必要だと思う。個人、団体、政党が対等の立場で、いろんな問題を議論し、政策化する。国民的議論が、目指すべき社会像を描くことにつながる。

星英雄:「野党共闘」と人間の尊厳をかけた沖縄・辺野古新基地建設反対闘争” への1件のコメント

  1. 沖縄の人々は、体を張って命と人権を守るため、人間の尊厳の回復をめざして、凶暴な安倍政権に非暴力座り込みで闘っている。確かに「野党共闘」で、安倍・自公政権に代わる日本社会をめざすなら、辺野古新基地建設に反対しなければならない筈です。闘っても闘っても強引に造られていく新基地を前にして、やるせない怒りの声が聞こえてきます。現場の活動家の一人は、「民進党が安全宣言し強行配備したオスプレイ一機が《墜落》、さらにもう一機が普天間基地に《胴体着陸》、自公民政府に向けられる批判は民進党にも向かわなければポジショントークでしかありません。野党共闘で民進党を推す方々もこのことは問われています。」と言っています。今こそ日本人は、この事態を真剣に受け止め、自らと子孫の生きられる道を残すため立ち上がらねばなりません。日米地位協定の基になっている安保条約(日米軍事同盟)を廃棄し、日米平和条約に切り替えるべき時と考えます。

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