【連帯・社会像】

三友太郎:労働行政は何をしてきたのか 電通過労自殺事件の深層

 2016年12月28日広告代理店最大手電通の石井直社長は東京都内で記者会見し社員の過労自殺(高橋まつりさん、20歳。2015年12月25日死亡)等の責任を取って辞任を表明した。東京労働局は電通と幹部を「注目度・重大性」を重視して異例のスピードで立件した。政府の「働き方改革」などを背景に長時間労働の是正に対する社会の関心が高まっていることを理由に挙げた。今回の事件に対する東京労働局の迅速的確な措置は評価に値するが、今まで労働行政はこの問題をどのように扱ってきたのかを検証してみる。

厚労省の「働きやすい企業」電通(「くるみん」認定)と労働局の是正勧告

 厚生労働省は法律にもとづき一定の基準をみたした企業を「子育て支援企業」として「くるみん」認定を行っている。過去電通は2007年、2013年、2015年にこの認定を受けている。「くるみん」認定を受けた企業は広告などに「くるみんマーク」を表示でき、高水準の労働条件の実現に取り組んでいる企業であることをアピールできる。

 一方電通は1991年に入社2年目の男性社員(当時24歳)が過労自殺で労災認定(最高裁判決2000年)を受けた後も2010年(中部支社)2014年(関西支社)2015年(東京本社)と違法な残業があったとして各労働局より是正勧告受けていた。

 2016年11月電通は「くるみん認定」を自ら取り下げたが、それまでは労働局より違法残業で再三の勧告を受けながら「くるみん認定」をうけた働きやすい企業である、という偽りの仮面を臆面もなく世間にみせていたのである。また厚生労働省がそれを取り消すこともなかった。

 厚生労働省が企業の違法行為等のネガティブ情報を開示せず、企業を利するポジティブ情報のみを喧伝するというのは国民を欺く恣意的な情報操作というべきである。

厚生労働省の公表基準の改定

 厚生労働省は電通の過労自殺問題を受けて2016年12月26日、違法な長時間労働があった大企業に対し行政指導段階での企業名の公表基準を引き下げる緊急対策を公表した。旧基準は1年間に事業所で10人以上または1/4以上の従業員に月100時間超の違法な長時間労働があった場合としているが、新基準は80時間超に見直した、というものである。

 厚生労働省は2001年に過労死基準(過労死ライン)に関する通達をだしているが、これによれば過労死ラインを月80時間超と規定している。(脳血管疾患と虚血性心疾患の認定基準)厚生労働省自らが規定した過労死の蓋然性が高い基準に達している企業名の公表はしていなかったのである。厚生労働省は大企業に対する配慮から自ら規定した通達の本旨をないがしろにしていたのである。

厚生労働省はブラック企業の支援組織?

 このように見てくると労働行政(厚生労働省労働局・労働基準監督署)が大企業に対し、労働基準法に基づいた指導を適切に行ってきたのかについては疑問符がつく。むしろ大企業に対しての配慮が過剰なものであったというべきではないか。サッカーではイエローカード2枚で退場である。電通は1991年の社員過労死事件最高裁判決から数えれば過去4度のイエローカード(実際はレッドカードに値する違反)を受けながら大企業をスポイルする労働行政のアシストをうけ延命してきたのである。

労働行政の再生とは

 今回の東京労働局(労働基準監督署)の措置は大企業の経営者にとっては寝耳に水であったかもしれないが労働者はもとより多くの国民の支持を受けているものである。冒頭の東京労働局の「長時間労働に社会的関心が高まっている。」との発言がこのことを裏付けている。

 理由はともあれ労働行政が本来の職務を取り戻したことはこの国の労働者とすべての国民にとって朗報である。電通過労自殺事件が労働行政に変革を促したともいえる。労働行政は従来と一線を画し国民に対しての情報公開を積極的に行うべきである。労働基準監督署が違法行為のあった企業名とその内容を公開すれば国民はそれを注視するであろう。それが社会が違法な労働を監視することにつながり、おのずと企業のふるまいに自制をもたらすことにつながるのではないだろうか。

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