朴槿恵大統領を罷免に追い込んだ韓国の市民運動に、日本の市民運動が熱い視線を送っている(「福山真劫:従来の延長では安倍政権に勝てない 総がかりを超える総がかり運動を」3月27日投稿参照)。そんな折の4月8日、東京・亀戸文化センターで恵泉女学園大学教員の李泳采(イ・ヨンチェ)さんの講演をきいた。〈朴槿恵政権「崩壊」と韓国若者の政治参加─真の「市民革命」は実現できるだろうか〉という演題だった。韓国民主化運動の話を中心に振り返ってみた。
イ・ヨンチェさんの講演は、「朴槿恵(パククネ)大統領が弾劾、拘束され、「市民革命」といわれるなど韓国国民の勝利は否定できないが、まだ楽観も悲観もできない、さまざまな課題・状況がある」と前置きして始まった。
〈大統領の罷免を宣告した意義〉
憲法裁判所の判断は、朴槿恵大統領の過去の犯罪事実に対してだけではなく、今後、憲法を尊重する姿勢がない統治者はいつでも弾劾される根拠になっていることが非常に大きい。街頭に出ることだけでなく、直接民主主義と間接民主主義の両輪で発展していくという感覚を市民に与えた。
〈韓国の若者を取り巻く厳しい現実〉
韓国の若い人々(19歳~29歳)の失業率は約10%。3次下請けまで含めると非正規雇用は45%~50%、そのうち半分は若者だ。大手企業はほとんど新規雇用をしていない。大学を卒業して非正規雇用になると、一生非正規雇用になる。エリートのソウル大学を出ても正規職につくのは30%。地方大学では100人に1人。これが韓国の若者の現実だ。
〈変革のエネルギーはキャンドルデモ〉
朴槿恵大統領を弾劾し、拘束させたエネルギーはキャンドルデモだ。200万人集まった日から、これは市民革命ではないかといわれる。
軍事政権の30年が終わり、1987年から文民政権が30年つづいたが、本当に民主主義が進展したのか。財閥の政経癒着はひどくなり、検察は”犬察”になっている。教育現場は悲惨な状況になり、若者の失業率は軍事政権の時代よりひどい。文民大統領もわいろ問題でたくさん逮捕された。
87年の民主化運動は未完成の革命だったかもしれない。200万のキャンドルデモは、韓国市民運動からみれば、未完成の革命を完成したいという熱望が強い。
〈キャンドルデモが大きくなってきたのは〉
2008年、アメリカの牛肉を輸入したことに対し韓国でデモが起きたが、労働組合、政治組織が指導したとたん、警察の暴力に鎮圧された。大韓民国の民主主義は死んだといわれた時代だったが、人々は闘い続けた。
2015年、朴槿恵政権が登場した後、労働者、農民たちは反民衆的な保守政権と闘い続けながら、全国民衆総決起を呼びかけた。民主労組ストライキと民衆総決起が100万キャンドルデモの下敷きになっていた。
今回は市民運動が前面に出た。労働組合、労働者たちはカネを出し、掃除までしたが、1人も舞台に上がって訴えなかった。いままで韓国のデモは、火炎瓶、石、実力行使で暴力集会だった。しかし、キャンドルデモのなかで、はじめて平和・不服従運動の萌芽がうまれた。
夢をもつことができない韓国で、若者がキャンドルデモに参加して立ち上がり、変えようとしている意思があることが非常に大事だ。
〈広場のエネルギーの受け皿は?〉
若者が選挙に参加して、昨年の総選挙は野党が圧勝した。これが朴槿恵大統領の支持基盤に亀裂をもたらし、朴槿恵大統領の弾劾につながった。「1票は銃より怖い」といわれた。
保守派は最初は朴槿恵の腐敗に沈黙していたが、朴槿恵の弾劾は朴槿恵1人ではなく韓国保守が根こそぎ取り除かれるような危機感を感じた。朴槿恵派は親日、親米、反共産主義。これとは違う新しい保守をつくるというのが非朴槿恵派だ。しかし支持率は伸びない。その理由は、朴槿恵がいまだに誤りを認めず、闘っているからだ。
日本の植民地時代につくられたエリート層、財閥、言論、検察、軍隊は朴槿恵を支持してきた。エリート層を解体しないと朴槿恵大統領の問題は解決しない。
韓国で左派は30%しかない。70%はいままで槿恵大統領を支持してきた保守派だ。その保守の自滅が100万、200万のキャンドルデモになっていった。
いま保守・右翼は全滅だ。方向性を失っている。一方、野党は大統領選で保守票を得るために、中道保守的な政策を打ち出す。朴槿恵大統領が弾劾され国民の勝利に見えるが、市民革命を完成させる動きになるかどうかは、大統領選後の課題だと思う。
〈変革のために日韓連帯を〉
日本の安倍政権は強く見えるが、私たちの経験からは、保守の崩壊は一瞬だと思う。そのときに、何を準備できているのかいないのかが大きな問題だ。韓国の民主運動があきらめないで運動を持続してきたことが、朴槿恵大統領が3か月半で終わらせる劇的変化を迎えることになった。
一番大事なのは市民の怒り、もっと大事なことは連帯すること、それよりもっと大事なことは自分が動くと世の中が変わる、という意識を持つことだ。
イ・ヨンチェさんは講演の最後を、日韓市民連帯の必要性を強調して結んだ。
香港や台湾、東アジアには変革の動きがある。韓国市民だけの孤立した闘いは失敗する。日本社会で安倍政権に歯止めをかけて、東アジアで市民の変革のエネルギーを連帯してつくることだ。
「個人の尊厳を守る社会をめざす」社会変革で、一番大事なのは市民の怒り、もっと大事なことは連帯すること、それよりもっと大事なことは自分が動くと世の中が変わる、という意識を持つことだ。
そして、日本社会は安倍政権に歯止めをかけ、韓国、香港や台湾など、東アジアで市民の変革のエネルギーを連帯してつくることだ。
実践に裏付けられた素晴らしい教訓であり、明るい未来の展望を感じます。(81歳の自称青年)