藤田観龍さんは当サイトに投稿を続けてくれている写真家です。「かわさき九条の会ニュース」(2017年4月)が〈平和を築く人々 カメラに収める「希望」 藤田観龍さん(74歳)川崎区在住〉と、紹介しています。かわさき九条の会事務局の了解を得て、ここに転載します。
モニュメントや石碑は、様々な犠牲になった方々の思いや、もう二度と戦争をしてはいけない、そんな平和への思いがたくさん結集して形になっているんです。そこにアーティストの思いが重なり、訴えることができているんです。それを伝えたくて各地を回りカメラに収め、写真集も出しています。そう語るのは写真家、藤田観龍さんです。
新聞社の報道カメラマン時代から、自分がどう動くか考え、最善の方法で現場に駆け付けるすべを身に付けてきたと言います。
多くのメディアで使われた写真
一九八四年に起きた日航ジャンボ墜落事故の時、道なき道、岩や石が転げ落ちてくる中、御巣鷹山に登り、生存者がいることに希望をもってカメラのシャッターを押しました。自衛隊員に抱えられた川上慶子ちゃん(当時12歳)が、ヘリまであと少しと言う時にパッと目を開けた瞬間を撮影し、多くのメディアでこの写真は使われたそうです。
藤田さんはこうした『希望』を写真にしています。
心を奪われた9条の碑
退職してからも『希望』を撮り続け全国各地に足を運んでいます。移動はもっぱら夜行バス。「バスは朝着くから、撮影には最高なんです」と。バスでは行けない沖縄にも何度も行きました。中でも石垣市の「憲法9条の碑」は憲法第9条が刻まれた巨石の裏側を、平和の象徴と言われる鳩が大きく羽を広げ、改悪されないように9条をしっかり支えています。
今、安倍政権は改憲を企んでいますが、日本国憲法は3原則からなり、基本的人権や、戦争の放棄など、世界でも類を見ない素晴らしい憲法だと思う。石垣市の鳩のようにしっかり支えていきたいです。
川崎市内にもたくさんのモニュメントがあります。代表的なのが川崎大師の祈りと平和の像です。革新市政の時には7つの行政区すべてに平和の像が建立されています。
石川啄木に感銘
こうした活動を続けている藤田さんは、1910年の朝鮮併合の直後に24歳の石川啄木が詠った「地図の上 朝鮮国にくろぐろと 墨をぬりつつ 秋風を聴く」の歌にしごく感銘を受け、戦後七〇年を記念して出版した自身の写真集『平和のアート・戦争の記憶』にもその碑を載せています。(「本の泉社」)
啄木の歌は、今日の慰安婦問題、ヘイトスピーチ問題の根源を突いているようです。(取材=山下・伊藤)
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藤田観龍さんには次のような写真もあります。
「9条の碑・いしぶみ」静岡県藤枝市・滝の谷不動峡。「日本国憲法 第9条」が碑裏側に刻まれています。そばには、静岡「9条の碑」建設の会による副碑が建てられています。「平和を願う、母胎の命をイメージした石彫の作品です。作者の杉村孝さんは先の大戦での静岡空襲を体験し平和の活動を続けている人です」(藤田談)。
藤田さんは「佐藤忠良 彫刻写真集《全野外作品》笹戸千津子 彫刻《パブリックアート》」(増補改訂版・電子書籍版、本の泉社)を、最近出版したばかりです。