【経済教室】

工藤昌宏:キューバという国から見えるもの

 3月にキューバを訪問してきた。面積11万㎢(日本の本州の半分)、人口約1200万人(東京都とほぼ同じ)、スペイン語を公用語とし、亜熱帯で年を通じて温暖で観光資源に恵まれ、カリブ海に位置する美しい島、それがキューバである。しかし、その歴史は複雑である。

15世紀のコロンブスの上陸以来、長らくスペインの支配を受け、その後米国の支配を受け続けてきた。キューバ国民が、400年以上にわたる長い間の抑圧、隷属からようやく解放されたのは、1959年のキューバ革命によってである。革命を主導したのは、フィデル・カストロ、エルネスト・ゲバラ、そして現在のキューバの政治的指導者ラウル・カストロ等であった。革命と同時に、フィデルは直ちに国民の識字率を上げるために全国的な識字運動を展開し、食料や医薬品などの安定的な供給、さらに医療、教育の無償化など国民生活の安定に欠かせないインフラの整備を徹底的に推し進めてきた。社会主義キューバの誕生である。そして、これがキューバのもう一つの顔である。

だが、鼻先に誕生した社会主義を米国は目の敵として弾圧することになる。1961年以降、米国は国交を断絶し、さらに一貫して対キューバ経済封鎖を続けている。キューバへのモノやカネの流れを遮断し、さらには600回以上にわたってカストロ暗殺計画まで企てキューバ革命を崩壊させようとしてきた。だが、この試みはことごとく失敗し、一昨年の2015年7月、米国オバマ大統領はついに米国とキューバの国交回復に踏み切った。英断である。しかし、依然として米国は経済封鎖を解いてはいない。

他方、1970年以降世界の政治経済情勢は混乱し続けている。2000年代に入ると混乱はさらに激しくなっている。世界的な経済停滞を背景に、資本は次々と国境を越え、それによって市場の争奪競争が激化している。競争は、世界中で格差と貧困を生み出し、その延長線上でテロを生み出した。人々は、貧困とテロに怯え、これを巧みに利用した極端に内向きな政策を掲げるポピュリストが台頭し始めた。これによって、協調は対立に置き換えられ、分断、孤立への動きが強まっている。その結果、未来社会の大前提である核兵器廃絶や自然破壊阻止の声はかき消されようとしている。それどころか逆に、領土・領海を巡る軍事的衝突が生み出され、さらには軍事力増強の動きが強められている。

だが、軍事力に世界経済を再生する力はもともとない。むしろ、軍事力は世界経済の混乱、停滞要因であり、人類存続を危うくするものでしかない。したがって、持続可能な未来社会を作ろうとするならば、軍事力の増強に歯止めをかけることが最優先課題となる。軍事力を増強し続ける国に未来社会を担うことはできない。また、軍事力増強に歯止めをかける動きや声を排除する行為は断じて許されるべきではなく、そのような国に未来はない。軍事力を増強し続け、さらに特定秘密保護法や共謀罪の制定によって言論を弾圧し、思考力を奪い権力に従順な人間を作る道徳教育を強制し、さらには平和維持の最大の武器である憲法を骨抜きにする行為は、未来社会の大前提を土台から破壊するものでしかない。

経済大国といいながら、失業、雇用不安、将来不安、さらにはテロの恐怖に怯え、さらには戦争の危機に直面する社会を、だれも平和で安全で幸福な社会とは言わないであろう。キューバは、米国の強烈な経済封鎖の影響で日本に暮らす人々から見れば確かに物不足である。だが、不幸感は微塵も感じられない。人々は底抜けに明るい。そこには、資本主義社会にあるものはない。だが、資本主義にないものがある。スペイン、アフリカなどの文化が入り混じり、独特の音楽や踊りを楽しむ豊かな国、それがキューバである。こういう体制を、資本主義とか社会主義という区分で仕切ることはもはや意味をなさない。

企業利益ではなく生きた人間一人一人を大事にする国、兵隊の数よりも教師や医師の数を増やす国、それがキューバである。そしてここに、持続可能な未来の社会システムの姿が見える気がする。キューバは、新たな社会システムを先取りし、そこに一番近い国かもしれない。いずれにしても、世界はキューバ革命から見習うべきものは多いはずだ。(経済研究者・日本キューバ友好協会理事長)

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