【経済教室】

工藤昌宏:景気という言葉が意味するもの

先日、内閣府は2012年12月の安倍内閣の発足以降今日まで日本経済は景気拡大を続けており、その拡大期間はついにバブル経済(1986年12月~91年2月)を越え、小泉内閣時代の景気拡大期間(2002年2月~08年2月)、いざなぎ景気(1965年11月~70年7月)に次いで戦後3番目の長さに達し、しかもいざなぎ景気越えも近いと報じた。安倍内閣は、これはアベノミクスの成果だと自らの政策を誇り、黒田日銀総裁もそれまで政策効果が見られなかった原因を予測できない海外事情のせいにしていた態度を翻し、長期拡大は金融政策が間違っていなかった証拠だと言い張っている。

だが、内閣府の発表にもかかわらず、市場は全く反応を示さなかった。そればかりか、外為市場も株価も乱高下を繰り返している。いずれにせよ、内閣府の発表は、政府・日銀の度重なる失政を糊塗するには好都合であったことはまちがいない。

 ところで、政府もそれに同調するマスコミも景気拡大を騒ぎ続けているが、本当に景気は回復、拡大しているのだろうか。景気判断の重要指標の1つに個人消費の伸びがある。小泉内閣時代の拡大局面では、それは実質でプラス1.1%、いざなぎ景気ではプラス9.6%であるのに対して、今回の拡大局面ではわずかプラス0.4%に過ぎない。また、四半期ごとのGDP成長率も他の拡大局面とは対照的に今回はたびたびマイナスを記録している。にもかかわらず、景気は拡大している、つまり経済実態は好転していると言う根拠は何か。そこで、問題が浮上する。

そもそも、景気とはなにかという事である。13世紀初頭の鴨長明「方丈記」では、景気という言葉が1回だけ登場する。意味するところは、景色や気配のように絶えず移り行き、繰り返され、そしておぼつかない様と解釈できる。確かに、経済も景色や気配と似て、移り行き、おぼつかない。したがって、経済状態を表すものとして景気という言葉を使うことにいまさら異論をはさむつもりはない。だが、経済政策の土台となる経済実態を示す際には、景気という言葉はあまりに漠然としている。それは、逆に実態を曖昧にする危険性を持っている。

今回の景気拡大についても、経済活動の実態をつぶさに見れば拡大どころかそれを打ち消す指標が随所に見られる。GDPの伸び率はもとより、設備投資の伸びもまだら模様で安定せず、賃金も長期間下落し続け、そのために個人消費の伸びもマイナスを続けている。おまけに、正規労働者は年間2000時間を超える長時間労働を強いられている。さらに、経済活動を刺激するために長期金利の人為的引き下げまで行われ、株価も日銀や政府の介入によってようやく維持されている有様である。さらに、経済実態の悪さは所得税収、法人税収、消費税収の減少となって表れている。つまり、景気拡大という表現は決して企業や個人の経済活動が活発であることを意味しないという事である。それどころか、むしろ経済実態は景気拡大を否定するものとなっている。

このような実態を前に、さすがに政府も景気拡大とは言いにくいらしく、景気は長期にわたって回復基調にあると言い続けている。だが、長期にわたって回復傾向を続けているという事は、裏返せば長期にわたって入院状態にあり、退院できる状態にはないと言っているのと同じではないか。

いずれにしても、景気という言葉は日常的に広く使われ、違和感や抵抗感も少ない代わりに、意味が曖昧で必ずしも経済実態を反映した使われ方をしているわけではない。このことは、裏返せば景気という言葉は政権にとって失政をぼかす道具として、実に使い勝手のいい言葉だという事になる。景気は上向いている、回復に向かっているという意味不明な言葉を我々は幾度となく聞かされてきた。だが、このようなごまかしが続く限りまともな経済政策は期待できないだろう。(東京工科大学名誉教授)

工藤昌宏:景気という言葉が意味するもの” への2件のコメント

  1. 日銀のファンドを通じて日本株購入が長期的に継続しているのは異常事態だと思います。

  2. 所得税収入、法人税収入、そして消費税収入などが、減少していることから、個人や法人の経済活動が活発なのではない。
    よって、経済実態は、景気拡大をヒテイするものとなっている…という文章に納得しました。GDPの伸びも、設備投資の伸びも長期にまだらもようで、賃金も長期に下降し、など勉強になりました。有り難うございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)