【沖縄とともに】

星英雄:沖縄は視野に入らぬか 野中元官房長官の評価をめぐって

 「棺を蓋いて事定まる」と言う。人間の真価は死後に定まるという意味だ。だが、野中広務元官房長官の場合は、どうもそうではないようだ。没後に、沖縄に寄り添う平和主義者だったと、マスコミの賛美が続く。先週も、朝日新聞に驚くべき記事が載った。とてもじゃないが、容認できるものではない。

 朝日新聞2月15日付に、秋山訓子編集委員の「野中氏、鋭さの裏に 限りない優しさのバトン」と題するコラムが載った。1997年衆院本会議で、野中氏が「・・・国会の審議が大政翼賛会的にならないように」と発言したこと。この言葉に感動した社民党の1年生議員がその後野中氏になんでも相談するようになったこと。そして最後は、野中氏の「弱い立場にある人に寄り添う限りない優しさと平和への強い思い」が強調されて終わる。

 マスコミに氾濫する賛美に共通するのは「国会の審議が大政翼賛会的にならないように」という野中発言に依拠していることだ。当時は問題の法案に反対した共産党の志位委員長も「平和と沖縄への深い思いを決して忘れません」とお悔やみを述べた。

 はてさて。人は、とりわけ政治家は何をもって評価されるべきか。口先ではなく、政治家としての行動こそ、評価の基準ではないだろうか。

 そもそも、野中氏が衆院特別委員長として審議を進めた米軍用地特別措置法とはどういう内容だったのか。衆院特別委員会の採決の前に、参考人として沖縄の思いを代弁した新崎盛暉・沖縄大学教授(当時)が端的に指摘している。

 新崎参考人はこう言った。「従来から日本政府がとってきている沖縄対策は、過重な基地負担を押しつけ、その毒を、金を積むことによって中和する、そういう政策がとられてきた。今回も、それの上積みだ」

 さらに、憲法や法の原理に照らして問題がある法案であることを指摘し、こう述べた。「もし特措法に賛成されるのであれば、二度と沖縄の痛みを分かち合うとか、沖縄の心にこたえるなどということを口にしないでいただきたい。余りにもその言葉は白々し過ぎる」

 沖縄では、「地主の契約の拒否や収用委員会の却下に関わらず、国の都合で永久的な強制収用を可能にするもの」「新たな土地収奪法」と怒りの声が噴出した。

 委員長には委員会運営の強い権限が与えられ、政府・与党は法案を成立させるために委員長の人選をする。戦争法案の強行採決を思い出してほしい。2015年7月15日、衆院安保法制特別委員会。野党の強い反対を押し切って政府・与党は強行採決した。委員長は怒号の中で成立を宣言。法案を本会議に送付した。

 野中氏も、「新たな土地収奪法」といわれる法案を成立させる使命をもって、委員長に就任したのである。沖縄を思う心があれば、せめて、委員長就任を拒否すればよかったのだが、それさえもしなかった。本会議で、委員長として特別委の審議経過報告の最後に、言い訳めいた言葉を付け加えたに過ぎない。

 野中氏自身、後にこう語っている。「県民の批判は充分承知していますが、米軍用地を安定的に確保することは、我が国の国益に必要不可欠でやむを得ない選択です」(『新潮45』2010年6月)。この理屈は、「日米同盟は日本の国益にとって死活的に重要」と言って辺野古新基地建設を強行する安倍首相の理屈となんら変わらない。

 「大政翼賛会のような形にならないよう・・・」というマスコミや志位氏が依拠する野中氏の言葉は、いわば恥部を隠すイチジクの葉にすぎないことがわかると思う。

 「野中なんて」と、今も怒りをあらわにする名護市民は大勢いる。本会議発言から半年余り後の12月。名護市は、浮上した海上ヘリポート建設の是非を、市民投票にかけた。この時、基地建設に反対する市民を切り崩すため裏で暗躍したのが野中氏だった。

 市民投票は、新基地建設反対が勝利したが、比嘉鉄也名護市長は首相官邸に橋本首相を訪ね、新基地の受け入れを表明した。その場には野中氏も同席していたのである。

 その時の比嘉鉄也元名護市長は、「名護のことをいつも考えていてくれた」と野中氏の死を惜しんだ(琉球新報1月27日付け)。野中氏は何者だったのか、わかるではないか。

 市民投票で新基地反対は過半数を制したにもかかわらず、名護市民の民意は踏みにじられた。ここから、名護・沖縄の新基地反対闘争は苦難の道を歩まざるをえなくなったのだ。

 野中氏は衆院本会議での発言後、つまり沖縄の米軍基地の存続・強化に貢献したことで自民党内での存在感を大きくした。幹事長代理、官房長官、幹事長と権力者の階段を駆け上がっていき、2003年小泉首相との権力闘争に敗れて政界を引退した。

 人間はさまざまな側面を持っている。野中氏にも沖縄を思う心が何もなかったとまでは思わない。しかし、そうやって沖縄に米軍基地を押し付けてきたのが自民党政治であり、権力者の野中氏であることは否定できない事実である。そして今、沖縄の人々は辺野古新基地建設を強く拒否している。

 政府・与党の権力者として沖縄に米軍基地を押し付けてきた役割を自ら総括することなく、あたかも沖縄の理解者のように言辞を弄してきた野中氏を、私は許容できない。

 記者・マスコミは権力に対峙しているのか。沖縄は視野の片隅にも入っていないのではないか。野中賛美の氾濫にそのことを思う。

星英雄:沖縄は視野に入らぬか 野中元官房長官の評価をめぐって” への2件のコメント

  1. 野中評価、まったく同感です。
    ここしばらくのメディアの賛美礼賛記事に違和感を抱いていました。沖縄における彼の言動について詳しくは知りませんでしたが、
    晩年の時事放談のゲストとしての発言にも彼の過去の強引な政治手法を知っているだけに素直には聞けないでいた次第です。
    少々タイミング的には遅いかもしれませんが、朝日の「声」など主要紙の投稿して頂きたいくらいです。多分採用する新聞はないでしょうが、、。

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