「雇い止め」の問題は、日本の今という時代と社会を理解するうえで欠かせない。今年発売された広辞苑第7版で、新しく追加された言葉の1つがこの「雇い止め」であることも、その証と言える。労働契約法改正で4月から、「無期転換ルール」の運用が始まった。契約社員やパートタイマーら有期雇用の労働者が同一企業で通算5年以上働けば無期労働契約に転換されるルールだ。しかし、無期転換逃れの雇い止めが横行している。大学も例外ではない。闘って、数万人の雇い止めを阻止してきた首都圏大学非常勤講師組合の志田昇書記長に報告してもらった。〈連帯・共同21〉
〔1〕数万人の雇止めを阻止した首都圏大学非常勤講師組合
2013年、大半の主要大学が無期転換を逃れるため5年上限を計画しました。全く予想外のことで、組合は存亡の危機に陥りました。
(1)当初の対応
まず、国会で取り上げてもらうことにしました。共産党田村智子参院議員の質問に対して、下村文科大臣(当時)が「教育研究上、必要性があり能力を有する人が一律に契約を終了させられることにならないよう適切な取扱いを促していく」(2013年3月)と答弁しました。国会答弁を武器に、各大学と交渉し、数十大学に団交申し入れ又は質問状を送りました。
(2)3000人に無期転換の道を開いた早稲田闘争
5年上限を付ける大学が余りに多かったため、もぐらたたき状態を突破するために、早稲田大学に全力を集中しました。20数回の団交をおこない、ビラは数万枚配布し、マスコミに対する広報活動によって大キャンペーンを張り、『ブラック大学早稲田』という本も出版されました。
就業規則制定の際に、過半数代表選挙から非常勤講師を排除したことを問題にした東京地検への刑事告発・告訴の後、大半の私立大学は様子見状態になりました。また、交渉に理事が出席せず、弁護士任せにしたため、労働委員会への救済申し立てを行いました。偽装請負を労働局に告発したり、先行した不当な雇止めの撤回を求め東京地裁に提訴したり、違法な労働条件については、何件も労基署に告発したりして公的機関を活用しました。
組合説明会を繰り返し、早稲田の組合員を10倍化(10数名から150名に)させ、全体の組合員も2倍に(約300名から、現在は約600名)増えました。早稲田闘争の最大の教訓は、当事者の中に組合員を増やし、交渉力を高めることが決定的だということです。
成果の水準は、「交渉技術×組合員の数」によって決まると言ってもいいと思います。
(3)早稲田闘争勝利後
2015年11月の和解によって、約3000人の早稲田の非常勤講師の無期転換権が認められました。それ以降、法政・中央・日大・芝浦工大・立教大などで5年上限撤回を確認しました。現在では、全国のほとんどの大学は非常勤講師に関しては、5年上限を撤回し、無期転換を認めていると思われます。これによって、少なくとも、数万人の雇止めが回避されました。
〔2〕各大学の職組と提携した非常勤職員の雇止めとの闘い
次に、非常勤講師組合は、国立大の非常勤職員の問題に取り組みました。全大教や各大学の職組の闘いで、徳島大を初めとして多数の大学で無期転換が認められました。東大では、職組と首都圏大学非常勤講師組合の共闘によって、1万1000人の非正規教職員に無期転換の展望が開かれました。その中身は、①3000名の非常勤講師を業務委託扱いから雇用契約扱いに、②8000名の非常勤職員の5年上限の廃止、③パート非常勤職員の6か月クーリング(雇用中断期間)の廃止というものです。正規と非正規の対等な共闘が絶大な効果を上げました。
その後、各大学に東大並みの解決を求めています。東大に続いて、長崎大(職組と首都圏大学非常勤講師組合が共闘)で無期転換が認められました。各大学の職組の闘いにより室蘭工大、宮城教育大などが無期転換を認めました。東工大(首都圏大学非常勤講師組合と職組が共闘)では、大半の非常勤職員の無期転換が認められました。東京藝大(職組と共同)では、非常勤職員のクーリングは廃止され、5年超えが認められました。農工大(非常勤講師組合と職組がそれぞれ交渉)は、雇用期間の上限を廃止しました。
東北大(職組と東北非正規教職員組合・首都圏大学非常勤講師組合及び宮城県労連が共闘)では、当局の方針は、部局が推薦し、試験に合格した者にだけ無期転換を認めるというもので、残りの数百人の非常勤職員は雇止めされました。非常勤講師組合の3名の有志が、過半数代表選挙の不正(非常勤講師などを母数から排除)を労基法90条違反で労基署に告発し、その後、当事者2名が告訴しました。雇止めにされた非常勤職員のうち6名は、労働審判に訴えて闘っています。
国会内でも、超党派の議員が東北大を追及しています。いまや東北大は、孤立無援の状態に追い詰められています。
【3】日大3600名雇止め・解雇計画との闘い
5年上限を理由とした非常勤講師に対する2018年の大量雇止めは阻止しましたが、雇止め・解雇の大波は続いています。日本大学では大量雇止めの計画が発覚しました。学生数減少を理由に開講科目数を2割減らし、専任教員の標準コマ数を5から8へ増やす(6割労働強化する)計画です。
授業が減るうえに、専任の労働強化が進められるので、計算上非常勤講師はゼロになります。非常勤講師組合はこれを「非常勤講師ゼロ化計画」と呼んでいます。そのため、日大当局は、「非常勤講師の無期転換権発生を認めるということは今後の大学運営に支障をきたす可能性が大きい」(2015年11月「非常勤講師に係る対応について」)と公言し、労働契約法を完全に無視して、無期転換を妨害しようとしています。
非常勤講師を削減する手法として、日大当局は、①非常勤講師をクビにして専任教員の担当授業を増やし、専任の待遇を引き下げる、②2016年度以降採用の非常勤講師に5年上限を付ける、③非常勤講師の定年を75歳から70歳への引き下げる、④語学学校のウェストゲイト社へ講義を丸投げする、⑤第二外国語などの授業を廃止する、などのあらゆる手段を使い、数値目標に合わせて雇止めを進めています。
この計画が実行されると、日大だけで非常勤講師約3600人が雇止めになります。2013年当時の早稲田の5年上限計画は、半年クーリングとセットであり、非常勤講師を不安定雇用のまま使い続けることを目指すものでした。これに対して、日大の非常勤講師削減計画は、授業数を全体として減らすとともに専任の担当授業を増加させることにより、非常勤講師を可能な限り減らすことを狙ったものであり、いっそう危険なものです。
日大では、非正規の非常勤職員はすでに派遣職員に置き換えられています。この上、非常勤講師まで一掃されると、「非正規という言葉のない」世界になります。また、専任教員の労働強化(最大14コマ)により専任教員の労働条件は非常勤講師並みとなり、悪い意味での「同一労働同一賃金」に接近します。
これは、学生の立場からすれば、2割の授業が減るため、学びたい講座がなくなるなど、学ぶ権利が脅かされ、専任教員の立場から見れば、担当講義数の6割増を押し付けられ、労働強化となるものです。元々、大学の専任教員は、授業以外にも、学内行政の仕事が沢山あって、今でも研究時間が取れないと言われています。このうえ、講義が6割も増えれば、専任教員は研究どころか、授業の準備もろくにできなくなります。また、非常勤講師は、ほぼ全員が失業することになります。
これに対する組合の対案は、非常勤講師の雇用安定と待遇改善、専任教員の研究時間の保障、授業のサイズ縮小によるマスプロ教育の解消であり、これは専任教職員や学生からも充分支持を得られる要求です。
【4】英語教育を丸投げ、専任教員は授業を観察するだけ
非常勤講師の大量削減計画を背景として、三軒茶屋キャンパスの新設学部(危機管理学部・スポーツ科学部)で、最低4年は約束されていたのに、わずか2年で英語担当の非常勤講師15人全員が雇止めを通告されました。雇止め後は、英語科目を語学学校のウェストゲイト社へ丸投げするという計画です。
文科省は、新設学部では完成年度までの4年間、カリキュラムや教員構成を変えることを原則として認めておらず、大学も当初4年間の継続担当を講師達に要請していました。最初の設置計画さえ通れば、完成年度前に大幅な計画変更が認められるのであれば、問題を抱えた大学が一度設置を認められたら、後は野放しにされることになってしまいます。加計学園の獣医学部などに計画変更によるでたらめな大学運営させないためにも、日大のやり方を改めさせなければなりません。
文科省はまた、大学が責任を持って教育を実施するためには、教員は直接雇用とする原則を示しています。日大当局の説明によれば、「委託講師はアシスタントとして専任教員とペアで教えるので丸投げではない」「専任教員は授業の計画を立て成績評価を行うが、授業時は指揮命令せず達成状況をモニタリング(観察)するだけ」ということです。しかし、授業の運営は外部講師に任せ、専任教員は観察するだけだとすれば、直接雇用の教員が授業を主導しているとは言えず、学校教育法に違反します。
また、授業外でも外部講師に指示を出したり、打ち合わせをしたり、授業中の観察に基づいて、外部講師を評価したり、改善要求をしたり、人を入れ替えたりすれば、指揮命令に当たり、偽装請負になってしまい、派遣法に違反します。そもそも「モニタリング(観察)」は、外部講師に対する労務管理における監視と同じであり、指揮命令そのものです。
なぜ日大は、これほど無理な雇止めを強行したのでしょうか。これは推測ですが、元々は4年間だけ非常勤講師に教えさせ、後は外部に丸投げをするつもりだったのが、非常勤講師の何人かが既に以前から日大の他学部でも教えていていたため、このままでは2018年4月以降に無期雇用に転換してしまい、首を切るのが難しくなると考え、あわててクビにしたものではないかと思われます。一部だけ首を切ると目立つので、全員クビにしたのではないでしょうか。
【5】財政には余裕があるのに、数値目標に合わせて雇止めを乱発
三軒茶屋だけでなく、日大全体で雇止めが乱発されています。経済学部では、教職課程担当の男性が雇止めになりました。文理学部の英語を2コマ教えていた外国人非常勤講師が、今年度は1コマに減らされました。理工学部では、「新カリキュラム導入」を理由として、フランス語の女性非常勤講師の担当コマ数が4コマから2コマに削減されました。別の女性も3コマから2コマに削減されています。
一方で、日大の財政状態について言えば、『週刊東洋経済』(2018年2月10日号)によれば、2017年3月期で順天堂、埼玉医科大学に続き、日本で第3位、年間175億円の利益が上がっています。団体交渉でも、日大当局は、大量雇止めが「財政難が理由ではない」と認めています。財政的に余裕があるなら、学生数が減るのは、マスプロ教育をやめ、少人数教育に切り替える絶好の機会です。
【6】労働基準法違反の刑事告発
日大ユニオン準備会は、昨年の11月28日の第1回団交(非常勤講師就業規則の5年雇止め問題および三軒茶屋キャンパス問題)を手始めに、12月27日、本年1月29日、2月28日、3月29日と5回にわたって、首都圏大学非常勤講師組合に結集して団体交渉を重ねました。
また、昨年12月26日には日大教職員組合文理支部と意見交換を行うとともに、本年1月19日には非常勤講師を集めて説明会を実施し、日大による脱法行為を許さず、ユニオン準備会への参加を訴えました。2月22日には、全学説明会を行いました。さらに、2月14日、同22日に市ヶ谷、三軒茶屋、水道橋駅頭で宣伝行動を行いました。
一方、日大が非常勤講師を契約上限5年で雇止めとする就業規則などをつくる際、正当な労働者過半数代表の意見聴取を行ってきませんでした。日大では、労働者代表の選出は、複数人の立候補があった場合、あらかじめ1人にしぼったうえで、通常の信任投票でなく不信任投票行うなど、非民主的なやり方で行われていました。このことに関して、首都圏大学非常勤講師組合は2月14日に、日大を中央労働基準監督者に労働基準法90条違反の刑事告発を行い、同26日に日大に勤める非常勤講師2人が、渋谷労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行いました。
【7】非常勤講師が過半数代表選挙で勝利
こうした闘いの中で、日大経済学部では、3月27日、労働基準法に基づく過半数代表選挙で、専任教員の候補との調整のうえ、5年雇止めの就業規則の制定反対を訴えて立候補した非常勤講師の今井拓氏(日大ユニオン準備会事務局次長)が選出されました。事業所の有権者は507人(専任教員124人、非常勤講師305人、職員78人)で、有効投票数328に対して信任票168を獲得しました。大学非常勤講師の候補が有権者の過半数の有効投票のうち、過半数の信任票を得たのは初めてのことです。
今井氏は、当選後の3月28日の声明の中で「私が信任されることにより、非常勤講師ゼロ化計画と呼ぶべき日大本部の教学方針に明確に反対する経済学部の労働者多数の意思が示されました。日大本部はこの経済学部の労働者多数の意思を踏まえ真摯に対応すべきです」と述べています。
【8】専任の教職員組合との本格的共闘も
日大で進んでいる事態は、非常勤講師は失業して食えなくなり、専任教員は、非常勤講師並みの条件で働かされるようになり、奴隷的な境遇に落とされてしまうということです。このため、正規と非正規の共闘が、私立大学では初めて本格的に成立する可能性があります。というのは、これは単独では、どちらもはねかえせない状況だからです。非常勤講師の首切りは、非常勤講師だけでははねかえせないし、専任の労働強化も専任だけでははねかえせない状況になってきています。
しかも、これは、日大だけではなくて、同じような計画が国士舘でも出されていますし、他の大学でも、専任の労働強化や授業の外部への丸投げによって非常勤講師を削減する動きがどんどん出てきています。日大は、日本最大の大学であり、日大がどうなるかによって大学全体が大きな影響を受けます。また、大学は社会の縮図です。今後、日本社会全体が日大のようになっていく危険があると思います。
日大ユニオン(準備会)は年末から倍増して、現在約60名です。春学期中には100名を突破し、正式な結成大会を行い、さらに数百人の組織を確立して、専任の教職員組合とも共同して闘うことを目指しています。大量首切りに立ち向かう日大ユニオン(準)に対して、支援と激励をお願いします。