【福島・沖縄からの通信】

徳吉裕:沖縄はなぜ怒っているのか〈沖縄レポート③〉

 沖縄は1月、「オール沖縄」として、オスプレイの配備撤回、普天間基地の撤去を求めて安倍首相に「建白書」を手渡すなど、政府と「本土」の人々に沖縄の「思い」をぶつけました。かつてない運動の高揚と不退転の意志を示す沖縄について、元沖縄タイムス編集局次長の徳吉裕さんに聞きました。(文責:星英雄)

 私は1957年に沖縄タイムスに入社、記者として活動してきました。米軍基地があるためにおきた大惨事の現場を見てきました。そのなかで、1959年6月、うるま市石川の宮森小学校に米軍のジェット機が墜落して小学生11人を含む17人の犠牲者を出した事故。1961年12月にはその隣村に、米軍ジェット機が墜落し、3人が死亡した。1968年11月、嘉手納空軍基地で米軍のB52爆撃機が墜落爆発炎上する事故などがありました。

  ずっと沖縄を見てきましたが、いまほど沖縄が一つになって基地撤去を求めていることはなかったと思います。それは「本土」に突きつけた沖縄の怒りでもあると思います。

 なぜいま沖縄は怒っているのか。それには理由があります。

  なんといっても、国土の0.6%しかない沖縄に米軍基地の74%が集中しているという不合理さです。本土の人たちは日米同盟基軸というけれど、自分たちは米軍基地を引き受けず、沖縄に押し付けている。それが当たり前だという感覚でいます。しかし、沖縄県民にしてみれば、それはとてもじゃないが理解できません。差別論がでてくるゆえんでもあります。

 しかし、復帰運動がそうであったように、本土との連帯なくしては沖縄の基地撤去はできません。沖縄問題は、日本国民の問題です。それを求めているのが「オール沖縄」の運動だと思います。

 「本土」から、基地があることで経済メリットがあるようにいわれるのは大きな誤解です。基地拡大のため財産を没収され、沖縄に住めず、ボリビアに移住した人たちもいますし、米軍基地の74%もの基地があるけれども、ただの1坪たりとも沖縄の人がOKしてつくった基地はありません。

  沖縄では激しい地上戦が戦われたから、戦争中はみんな逃げて避難していたのです。その土地の人たちが戻ってみたら、たとえば普天間は米軍の飛行場になっていた。しかも本土を攻撃するためにつくられたわけです。

 基地の中には家屋敷、先祖の墓もある。米軍の許可を得なければ、墓参りにもいけないようになった。だから、はじめから欠陥飛行場なのです。アメリカの基準では必要なクリアゾーンがない。そんな、アメリカでは使えない飛行場が沖縄では自由に使える。欠陥機のオスプレイまで配備した。

  基地建設が本格的に進んだのは1949年の中国革命以後です。反共の砦として米軍は強制的に土地を接収して基地を拡大していった。ブルドーザーと銃剣で住民を追い出し、ハンビー飛行場がつくられたり、嘉手納基地が拡張されたのも、そのときなのです。だからこそ、辺野古に基地をつくらせるのは、はじめて自分たちが米軍基地を認めることになるから、許すわけにはいかないのです。普天間返還、辺野古基地建設を断念させたい、これがオール沖縄の真髄なのです。

 「基地がないとメシが食えなくなる」などという、政府の沖縄振興策が破綻していることも、基地反対運動に大きな影響を与えています。普天間基地の代替施設を辺野古につくるために、北部振興費が10年でおよそ850億円もつぎ込まれたけれど、あの地域はいまも豊かにはなっていない。公共工事は本土の大手が吸い上げていく。沖縄の振興になっていないという理解が広がったと思います。

 県民総所得に占める基地からの収入は、本土復帰前は15%、それがいまでは5%に減っています。沖縄の県民所得は200万円を少し上回る程度、全国最低水準です。日米同盟基軸といい、基地で繁栄するという論理は完全に破綻しています。

  米軍基地を返還されて、沖縄の経済がどうなったかは、現実が示すようになりました。県の資料によれば、北谷の米軍ハンビー基地では100人の従業員でしたが、返還後は街ができ2000人以上の雇用が生まれました。那覇市の新都心・おもろ町も同じで、雇用は36倍になりました。基地の返還で経済が発展するということは、県民のだれもが感じるようになっています。

  沖縄の諺にこういうものがあります。「意地ぬ出(イジヌイ)じらぁ、手引け(ティヒキ)。手ぬ出(ティヌイ)じらぁ、意地引け(イジヒキ)」。短気をおこしたら、手を出さないようにし、手が出ようとしたら、心をしずめよ、という意味です。基地撤去闘争に決して暴力行為を起こさないという戒めにしています。御冠船踊り(ウカンシンウドゥイ)というのがあります。むかし、琉球国王が代替りするたびに中国皇帝からつかわされてくる冊封使を歌舞で歓待しました。いわば、平和外交です。

  「命(ヌチ)どぅ宝」というのも自分の命も相手の命も「宝」だという意味です。つまり、自分の命を守るために決して他人の命を奪わない。この「命どぅ宝」は、憲法9条の精神に通ずるものだと私は考えます。非暴力の抵抗、平和主義という思想は沖縄に生き続け、根付いているものです。そんな沖縄に軍事基地ほど似つかわしくないものはありませんし、県民は心のそこから米軍基地に反対なのです。

 オスプレイの配備撤回、米軍普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念を求めた東京行動は復帰闘争にもないような沖縄全体の行動で、その意義はきわめて大きいと思います。この「オール沖縄」の行動に、仲井真知事が同行しなかったのは汚点です。安倍政権は沖縄の思いに逆行する姿勢があらわですが、強行すれば日米同盟が壊れると保守系の那覇市長でさえ言うようになりました。安倍政権は事態を甘く見ているというより、認識できていないのではないでしょうか。

 来年1月は名護市長選挙、11月は知事選挙が予定されていて、沖縄の闘いはこれからますます熾烈になると思います。選挙に勝って、全国に沖縄の思いを届けたい。

 

徳吉裕:沖縄はなぜ怒っているのか〈沖縄レポート③〉” への1件のコメント

  1. 沖縄県の現状が良く伝わりました。有り難うございます。私が40年前に訪れた時に感じた沖縄の基本的な問題が未解決のままであることに改めて気づきました。

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